業(カルマ)~短編小説

将人は大学生の頃から経営者になることを夢見ていた。大半の学生のように学生生活を楽しむことはなく、友人は少なく、ただ将来のために経営の勉強をするだけだった。将人は大学卒業後、急成長中の大手会社に入社した。20代でジェネラルマネージャーとなり、そして30代を前に新会社の社長に就任することになった。

大学からの夢が叶い、将人はまさに幸福の絶頂だった。きれいな妻と結婚でき、一等地でのマンション一室を購入した。

そんな絶頂の人生の中、将人は大きな事件に巻き込まれる。将人は、知人からある先物取引の儲け話を持ちかけられた。投資会社のパンフレットには、オーナーである九尾社長と都知事とが握手した写真が掲載され、いかにも都知事から推薦された会社であることをアピールしていた。

将人には気の緩みだけでなく、お金を増やし、もっともっと成功したいという欲があった。将人はここで一気にお金を稼ぐことを考え、九尾社長を信じ、200万円を投資した。

始めの1週間目は30万の利益が出た。次の2週目は15万、合わせて45万円の利益が出た。「これはすごい」と思い、将人はさらに300万円を追加投資した。

だが1か月後、追証で追加資金500万円が緊急に必要となった。九尾社長は「必ず利益を出す。俺を信じてくれ」と言われ、将人は九尾を信じ、500万円を追加で支払った。だがそれもあっというに失敗に終わった。今度は九尾社長から「俺を助けてほしい」と連絡があった。実は他の取引会社(A社)と揉めていて、将人に助けを求めてきたのだ。

将人はA社との打ち合わせに九尾社長と半ば強引に同席させられた。九尾はA社に「保証人を用意した」と話し、その場の雰囲気に乗せられて、将人はなんと3000万円の連帯保証人になってしまう。しかしその3000万円もすぐにだめになった。

高級マンションの一室を購入したばかりの将人に3000万円を返済する余力はない。将人は巨額の負債を抱えることとなり、A社から返済を催促されることになる。九尾社長に連絡しても「大丈夫だ」の一言で、将人は九尾を信頼しようとするが、何日経っても進展はない。

結局、将人は九尾社長を訴えることにしたが、結局、連帯保証人のサインをしていては無駄骨だった。

将人は巨額の借金で、半ばノイローゼ状態となった。新会社での仕事はクレームが多発し、社長を解任させされ、会社を辞めることになった。妻とも別れ、マンションは手放し、4畳半のアパート暮らしとなり、将人は不幸のどん底に落とされた。

そんなある日、将人は夢を見た。それは江戸時代。将人はどこかの藩の城主となっていた。城主は常に自慢の脇差を携帯し、謀反を起こした者、年貢を納められない者をバッサバッサと切り捨て、残忍な城主として恐れられていた。

ある日、くたびれた百姓が土下座して、城主の前で訴えていた。「その年貢だけは勘弁してください。それを納めると病気の母と女房、子供は冬を越せなくなります」。百姓の切実な訴えも虚しく、城主は問答無用と脇差で百姓を切り捨ててしまった。百姓はあおむけに倒れ、絶命した。

そのとき城主はその男の顔をみて驚いた。その男は…まさに九尾社長だった。

そこで将人は目が覚めた。
「ふう、夢か…。いやこれは夢ではない。現実だ…」
将人は過去世で九尾社長を切り捨て、九尾の家族も飢え死にさせてしまった。
「結局、俺自身の業(カルマ)が引き起こした出来事だったんだ」

今、将人は過去世のカルマが今世に具現化したことをはじめて理解した。将人は多額の借金を抱え、今日も昼間は工事現場、夜間は清掃のバイトを予定している。将人は今の不幸な環境を受け入れ、今日一日を、精一杯生きていくことを決意した。

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