









第2章:ケインズの魔法はいつ解けるのか?バラマキの功罪
絶望の淵に現れた「救世主」
第1章では、ハイエクが説いた「自由の尊さ」と、政府が余計なことをしないことの重要性についてお話ししました。読者の皆さんの中には、「なるほど、自由が一番だ!」と納得された方も多いでしょう。しかし、歴史というのは面白いもので、常にハイエクのような考え方が支持されてきたわけではありません。
むしろ、世界が本当の絶望に突き落とされたとき、人々が熱狂的に求めたのはハイエクのような「厳しい自由」ではなく、もっと甘くて、即効性のある「魔法」でした。その魔法の杖を振って颯爽と現れたのが、20世紀最大のスター経済学者、ジョン・メイナード・ケインズです。
時代は1929年。世界恐慌が勃発し、街には失業者があふれ、人々は明日食べるパンにも困る状況でした。「放っておけば市場は勝手に良くなる」というハイエク流の考え方は、あまりにも時間がかかりすぎ、苦しんでいる人たちには「冷酷な放置」にしか見えなかったのです。そんな中、ケインズはこう断言しました。「国が積極的にお金を使えば、不況なんてすぐに吹き飛ばせる!」と。
この言葉は、暗闇の中で震えていた世界中の人々に、どれほどの希望を与えたことでしょうか。彼はまさに、経済学という地味な世界に現れた、華やかなマジシャンだったのです。
「穴を掘って埋める」だけでも価値がある?
ケインズが提唱した魔法の正体。それは、専門用語で言えば「有効需要の創出」ですが、もっと噛み砕いて言えば**「無理やりにでも仕事とお金を作っちゃえ!」**という作戦です。
彼は、著書の中で驚くべき例え話をしています。「もし政府が、古い瓶に銀行券(お金)を詰めて、それを深い炭鉱の跡地に埋め、その上から街のゴミで埋め立てたとしよう。そして、民間企業にそのお金を掘り起こさせれば、失業は消え、社会は豊かになるだろう」と。
「えっ、そんなバカな!」と思いますよね。ただ穴を掘って、また埋めるだけですよ? 価値なんて何も生み出していないじゃないか、と。でも、ケインズのロジックはこうです。穴を掘るためにシャベルが必要になり、シャベル工場が儲かる。穴を掘る労働者にお給料が入れば、彼らがパン屋でパンを買う。パン屋が儲かれば、新しいオーブンを買う……。こうして、政府が投じた最初の一歩が、次々と連鎖して経済全体を動かしていくというわけです。これが有名な**「乗数効果(じょうすうこうか)」**という魔法の仕掛けです。
不況でみんながお金を使わなくなって、経済という車がエンストしてしまったとき、政府が「ブースター」となってエンジンを無理やり再始動させる。このケインズの処方箋は、確かに劇的な効果を発揮しました。アメリカのニューディール政策をはじめ、世界中の国々がこの魔法に飛びつき、未曾有の不況から脱出することに成功したのです。
魔法の代償——「長期的には私たちはみんな死んでいる」
しかし、どんな魔法にも必ず「代償」があります。ケインズの魔法における最大の副作用は、**「政府が太り続け、やめられなくなる」**という点にありました。
ケインズ自身、非常に頭の良い人でしたから、この魔法が「あくまで一時的な緊急処置」であることは分かっていました。景気が良くなったら、政府はお金を使うのをやめて、借金を返すべきだ。そう考えていたはずです。
ところが、一度「政府にお金を出してもらう」という甘い蜜を吸った政治家や国民は、もう元には戻れません。景気が良くなっても、「もっと補助金をくれ」「もっと公共事業を増やせ」と叫び続けます。政治家も、選挙に受かりたい一心で、将来の借金のことなんてお構いなしに大盤振る舞いを続けます。
ここで、ケインズのあまりにも有名な、そして罪深い言葉をご紹介しましょう。
「長期的には、私たちはみんな死んでいる(In the long run we are all dead)」
これは、未来の心配ばかりして今何もしない経済学者たちを批判した言葉ですが、同時に「今さえ良ければ、未来のことなんて知ったこっちゃない」という無責任なバラマキを正当化する免罪符として使われてしまいました。
でも、ちょっと待ってください。ケインズが生きていた時代から数十年が経った今、私たちはまさにその「長期的な未来」を生きている当事者ではありませんか。彼が「死んでいるから関係ない」と言った未来で、私たちは積み上がった天文学的な借金と、重すぎる税金に喘いでいる。これが、魔法の杖を振り続けた結果の、あまりにも残酷な現実なのです。
日本を襲う「ケインズの二日酔い」
今の日本を見渡すと、まさに「ケインズの魔法」の末路を目の当たりにしている気分になります。
不景気になるたびに、政府は数兆円、数十兆円という規模の「経済対策」を打ち出します。道路を作り、橋を架け、補助金を配りまくる。でも、どうでしょうか。その魔法で、私たちの生活は根本から明るくなったでしょうか? むしろ、ばらまかれたお金のツケが「増税」という形で私たちの首を絞め、将来への不安をさらに煽っているのが実情です。
ハイエクなら、今の日本を見てこう言うでしょう。「ほら、言っただろう? 政府に頼れば頼るほど、君たちは自由を失い、貧しくなっていくんだ」と。
ケインズの魔法は、確かに一時的な痛みを取る「鎮痛剤」としては優秀でした。でも、鎮痛剤を毎日飲み続けて、病気そのものを治す努力(イノベーションや規制緩和)を怠れば、体はボロボロになってしまいます。今の日本は、まさに重度の鎮痛剤依存症に陥っている状態なのです。
魔法を捨てて、自らの足で立つ時
読者の皆さん、私たちは今、大きな分岐点に立っています。 これからも「国が何とかしてくれる」という解けることのない魔法にすがり続け、借金まみれの未来を子孫に残すのか。それとも、魔法の杖を自分たちの手でへし折り、ハイエクが説いた「自由と自己責任」の荒野へ踏み出すのか。
「小さな政府」を目指すということは、政府に「魔法使い」であることをやめてもらうということです。政府は、派手な手品で私たちを驚かせる必要はありません。ただ、私たちが自由に、公正に競争できる舞台を整えてくれるだけでいいんです。
魔法が解ける瞬間は、少し怖いかもしれません。目が覚めたときの二日酔いは、確かに痛むでしょう。でも、自分の足で大地を踏みしめ、自分の知恵でお金を稼ぎ、自分の責任で人生を謳歌する。そのとき初めて、私たちはケインズが夢見た「本当の繁栄」を、自分の手で掴み取ることができるのです。
さて、政府の魔法が失敗したとき、人々は往々にしてもう一つの極端な思想に走りたくなります。「いっそのこと、すべてを平等にしてしまえばいいのではないか?」と。第3章では、そんな甘い夢を世界に見せ、そして歴史上最大の悲劇を引き起こした人物——カール・マルクスの物語へと進んでいきましょう。

