【奏太へ 私と海と電話】
私 → I
海 → SEA
電話 → TEL
I SEA TEL
あいしてる(愛してる)……。
恋は秘密のパスワードの最終章、「二人の愛は永遠に」の感動のラストシーンを抜粋してみました。
10時50分。二人は岩場近くの駐車場に着いた。
車を駐車場に止めて、二人は岩場を並んで歩いていく。
……やがて海岸線にやってきた。今日は快晴だ。風も緩やかで11月にしては、とても心地よい陽気だった。
あおい「わあ、やっぱり何度来ても、この景色、本当にきれいだね!」
奏太「ああ、いつ見ても素敵な眺めだね」
二人はしばし、静かに太平洋の海を眺めていた。
今日は11月11日。
この日は、奏太がもともといた最初の世界で、あおいにプレゼントを渡して告白する予定だった日でもある。
奏太は今日、ある重大な決意をし、あおいに伝えることを考えていた。
「ところで、あおいちゃん……」
「ん? なあに?」
あおいはいつものようにリラックスしているのに対し、奏太は緊張気味のようだ。
「あおいちゃんは……高校を卒業したら、何かやりたいこととかあるの?」
「うーん。学校卒業まであと1年半かあ。実はまだ何も決めてないし、何もわからないんだあ。あはは」
それはそうだろう。あおいはつい最近までは、ずっと施設でふさぎ込んでいて、不登校だった。学校も進学さえ危うく、とても将来を考えるどころではなかった。
しかし奏太と出会ってから、あおいは明るくなり、成績も急上昇している。精神面では、年齢相応でない子供のようなところもあるが、それも次第に回復しているようだ。この様子なら普通に学校を卒業できるだろうと川上さんも話していた。
おっほん。
奏太は珍しく、緊張している。何か大事なことを話そうとしている様子だ。
「あおいちゃん、あのさ……もし……君がよければだよ」
あおいは目を大きくして奏太を見つめた。純粋な目でまっすぐ見つめられて、奏太はますます緊張した。
「あおいちゃんが高校を卒業するとき、俺はまだ大学4年だけどさ。俺、大学卒業したら、会社に勤めず、おじいちゃんの研究所を使って、自分で仕事をすることにしたんだ」
「へえ~、やっぱり奏太ってすごいんだね」
あおいはいつの間にか、「お兄ちゃん」でなく、「奏太」と呼ぶようになっていた。
ただ奏太にとって、「お兄ちゃん」と呼ばれることには違和感があり、やはり「奏太」と呼ばれるほうがしっくりくる。
「俺、大学4年になったら週に3、4日は実家に戻って、研究をするつもりなんだ」
「そうなんだあ」
「そこでなんだけど……あおいちゃん……」
奏太の緊張はピークに達した。
「あおいちゃんが高校を卒業したら……俺の家に来ないかい?」
(ついに言ってしまったあ。あおいちゃん、どう思ったかな。やはり言うの早すぎたかな。もし変に思われたらどうしよう)
ドキ、ドキ
奏太は心の中で焦っていた。
しかしあおいは、いつもどおりの表情をして、奏太をじっと見つめていた。
「い、いや、別に深い意味はないんだよ。俺の家、広いしさあ、母もいるしね。あおいちゃん、高校を卒業したら仕事を見つけて養護施設を出ていかないといけないだろ。
だったら、俺、仕事の助手がほしいなあって思っててね。その助手をあおいちゃんにしてほしいなあって。まあ、新しい家族ができたと思ってさ、気楽に過ごしてくれればいいかな。なんちゃって、あはは」
「いいよ」
え?
あおいからあっさりと、OKの返事が出た。
「あたしも……これからずっと奏太と一緒にいたいもん」
実は奏太は、今日の雰囲気次第では、婚約の話をしようと考えていた。ただ奏太もまだ大学生の身分であり、あおいも高校2年だ。しかもまだ出会って少しの日数しか経っていないので、現実的でない。
そこで奏太は、あおいが高校を卒業したら、あおいを実家に家族のように迎え、家の仕事の手伝いをするように誘うのが妥当なラインと考えていた。しかしそれを言うのもさすがに緊張する。
あおい「だって、奏太と一緒の家に住んでいたら、会いたいときに会えて、いつでも話ができるんでしょ」
(ふう~やっぱり、婚約の話はまだ早いかあ)
奏太はあおいの返事に嬉しくもあったが、少しため息をした。
あおいは、記憶喪失の後遺症から回復してきているものの、恋愛的な理解については、全然、高校生に達していなかったのだ。
(……ひょっとしたら……まだ恋愛や結婚とかの意味はわからないのかなあ。男の家に住むことの意味がよくわかってないみたいだ。まあ、気長に待つか……)
しかしそれでも、高校を卒業して、あおいが実家に来てくれることにOKをもらえただけでも、奏太は幸せだった。
「そうだ、ところであおいちゃん。実はプレゼントがあるんだ」
「ええ! 本当、嬉しい!」
「あおいちゃん、じゃあ目を瞑って」
「目を瞑るの?」
「うん」
「じゃあ、目を瞑るね!」
あおいは目を瞑って、顔をやや上にあげて奏太のほうを向いていた。
(おいおい、これって「キスして」っていうポーズじゃないか。あおいちゃん、本当はもうわかっていて、俺のこと、からかっているんじゃないだろうな)
奏太はそんな気持ちまで起きてきた。
(う~ん、あおいとの初キッスは以前に済ましているし、いっそこのままキスしようかな)
しかし奏太は考えた。
(……いや、この世界のあおいは、そのことを憶えていない。それでどさくさにキスをするなんて、男として最低だろ)
奏太はキスをするのをやめた。そしてジャケットの内ポケットからネックレスを取り、あおいの首にそっとかけた。
「あおいちゃん、目を開けていいよ」
あおいは目をあけた。するとあおいの首元にネックレスがかかっていた。そしてネックレスには、あの宝石がついていた。
「この宝石きれいー。あたし、この宝石、とても気に入ったよ。ありがとう!」
「この宝石はね、心から願った思いを実現する、不思議な力があると言われているんだよ」
「そうなんだあ」
「あおいちゃんの願いだってきっと叶えてくれるよ。どんな願い事をしたいかい?」
「うん、そうだなあ。これからもずっと奏太と一緒にいたいなあ」
「その願い、俺も同じだよ」
「あ、そうだね。えへへ、私はもうそれだけで満足だよ」
ベガ光石はすでに魔法のエネルギーを宿していない。しかし今、奏太の最大の願いだった、あおいとの再会が実現したのだ。
……
(省略)
……
奏太はあおいに、携帯のことについて質問してみた。
「ところであおいちゃん、いつも携帯を眺めているけど……もう壊れて直らないんだよね。その携帯、いつまで持ってるのかなあ」
「う~ん、今まではこの携帯日記のことを考えると、心が安らいでね。きっと、とても幸せな思い出がここに書かれているような、そんな気がしてたんだ。だから寂しくなったとき、この日記のパスワードが解けて、日記の中身が読めたらいいなあってよく考えていたの。
パスワードが解けて、日記を読むことができたら、すべてを思い出しそうな気がしてね。でもね……自分の過去を知りたいなあと思いつつも、すべてのことを思い出してしまうと、何もかも失ってしまうような気もしてね……」
(やはりそうか)
奏太は、あおいも本能で感じ取っていると思った。
アナンの言っていた仮説が正しければ、あおいがすべての記憶を取り戻したら、この世界にいられなくなる。あおいの携帯に保存してある日記は、けっして解いてはいけないパスワードなのかもしれない。前の世界では、あおいは俺に正体がばれないようにしていたけれど、この新しい世界ではまるで逆の立場になってしまったようだ。
あおいが唯一、この世界に持ち込んだ携帯に、あおいの記憶を甦らせてしまう恐れのある日記があることを、奏太は知っている。
その日記のアプリには、パスワードがかかっていたが、あおいは3年間、そのパスワードを解くことができなかった。しかしそのパスワードを解いて、あおいが日記を見てしまったとき、あおいの記憶が甦るのではないかと思った。
アナンの話を踏まえると、あおいに記憶障害があるからこそ、あおいは本来行くべき霊界に行かずに、この世界、いわゆる異空間とも言えるこの世界に投げ出されたではないかと、奏太は考えている。そしてそれは、奏太自身にも言えることだ。奏太もある意味、特別な存在になってしまっている。
もしあおいがあの日記をきっかけに記憶を取り戻せば、あおいがこの世界からいなくなる。あの携帯日記だけは、あおいに絶対、開かせてはならないパンドラの箱だ。奏太はそのように思っていた。
「あおいちゃん、あのさ、今でもその携帯がないと寂しいのかい?」
あおいはしばらく考えて答えた。
「うんうん、奏太がそばにいてくれるから、今は寂しくないよ。でも……奏太が近くにいないときはやはり寂しいなあ。そのときは、つい、携帯日記のことを思い出してしまうなあ。
だから早く……高校を卒業して奏太の家に行きたいな。いつも一緒にいれたら、この日記に何が書かれているかなんて、忘れてしまうかも」
「確かに、高校を卒業するまで、まだ時間があるなあ」
奏太は考えた。
「じゃあこうしようか! あおいちゃんが高校を卒業するまでの間、そのネックレスの宝石を俺と思って大事にしてくれないかな。それならもう、その壊れた携帯はいらないよね」
「うーん、奏太がそういうなら、この宝石を奏太と思って、大切にするね!」
「いっそのこと、今、この携帯を海に捨ててしまうかい?」
「うん!」
「それじゃあ、一緒に一斉のせいで海に投げようか!」
「うん、わかった!」
あおいと奏太は二人で携帯を握った。奏太は右手で、あおいは左手で携帯を握った。
それから二人は、携帯を海に投げ出した。
「いっせいのせい!」
ちゃぽん
携帯は海に沈んでいった。
あおい「あーあ、これでもう、あの携帯、取り戻せないね」
奏太「なんだい、まだ少し寂しいのかい?」
あおい「うんうん、もう大丈夫。でもそれよりも奏太のほうが……なんだかあの携帯と別れ惜しんでいる気がするよ」
奏太「ああ、そりゃ、あおいちゃんがいつも気にしていた携帯だったからね」
あおい「じゃあ、今から潜って取りに行こうっか?」
あおいは半分笑いながら言った。
奏太「もういいよ。俺は今、世界で最も大切なものを、この新しい世界で取り戻せたんだから」
あおい「ん? それってなあに? どういう意味?」
奏太「やだ、教えない」
あおい「ええ、教えてよー」
奏太「だーめ!」
あおい「奏太のケチ!」
奏太「あはは」
奏太は心の中で思っている。世界で最も大切なもの……それは、おおいちゃん、君だよと……。
あおい「ねえ、あたしたち、前世で縁があったのかな?」
奏太「どうして、そう思うんだい?」
あおい「だって、あたし、ずっとずっと奏太を待っていた気がするんだよ。この岩場の海辺も……あたし、ここで待っていれば、きっと誰かが……私を幸せにしてくれる誰かがやってくるのかなあってずっと思ってた」
奏太「ああ、俺もそう思うよ」
あおいは、奏太の右腕を両手でぎゅっと掴んできた。
あおい「あたし、とても幸せだよ。奏太に会えて……」
奏太「俺もだよ……もうしばらく、こうしていようか」
あおい「うん!」
あおいはさらに深く腕を組んで、奏太に寄り添ってきた。
奏太は今、携帯が沈んだ海を眺めながら思っている。
(あのタイムマシンはもう二度と使うまい。そして俺はずっとこの世界で生きることにした。
あおいと一緒に。やっと二人で出会えたこの世界で……)
奏太は、合わせて3つの世界の記憶を持っていた。
自分が霊界通信機の事故で死んだ未来の世界。
あおいがタイムマシンでやってきた過去の世界。
そして今、新しくできたこの世界。
奏太は、この3つの世界の記憶を同時に持っている。しかし奏太は今、自分は最高に幸福者だと思っている。
(あおいとこうしてまた、恋愛ができるなんて……)
奏太は自分が死んでしまった未来の世界で、最初にあおいに恋をした。
未来からあおいがやって来た過去の世界においても、あおいに恋をしてしまった。
そしてまた、この新たな世界であおいとゼロから恋ができる。
奏太は3度も、あおいと最初から恋ができるなんて、自分は本当に幸せと思い、あおいとこの世界でずっと暮らすことを決意した。
奏太は、携帯が沈んでいった海を見て思った。
これであおいの記憶は、もう二度と戻らない。
タイムマシンも二度と動かさない。
でもこれでいいんだ。
奏太はあおいを見つめ、そしてあおいも奏太を見つめている。
奏太は自分を命がけで救ってくれた、あおいが設定したタイムマシンの5文字のパスワードを、今、静かに振り返っていた。
【奏太へ 私と海と電話】
私 →I
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